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当サイトが募った、無職生活の体験談をご紹介します。
今回は、多重債務を負った挙句失業し無職になり、過酷な生活を強いられている方の体験談です。
多重債務でも定期収入があればなんとか払えるのでしょうが、無職になってしまうともうどうしようもありません。
特に年齢がいっている方ですと失業給付が終わるまでに仕事が見つからない方も多いですし、二進も三進もいかなくなってしまう方がかなりいると思います。
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多重債務に失業、不幸続きの私の人生
49歳男性 Tさんの事例
当時の所持金 10000円
歳は49歳、債務整理でやっと500万の返済が終わったと思ったら、今度は失業・・。当時私は一人暮らし。
女房はいるんですが、私の酒癖の悪さにあきれて実家に帰っていました。
8年前に自分で経営していた携帯電話店をつぶしてからは、悲惨な借金地獄、不幸の連続でした。
店を潰して仕事を失った私は、自分の生活と毎月25000円の借金返済のために友人が紹介してくれた小さな工場派遣の会社で働いていました。
8年前はそれでもなんとかなったんです。
派遣切りされた!中高年は門前払い!
私が住んでいた町は近くにたくさん工場があって、ほぼ毎日仕事が切れません。
10000円の日当を日払いでもらって、工場の帰りに酒を飲んで自由気ままな一人暮らし。
俺もここまで落ちたかとも考えてましたが、一方で、このままでもいいかなあとの思いもあり、そんな生活が4年ぐらい続きましたかねぇ。
ところが、さらに状況が悪化したのは、やっと借金が全部返せたと喜んだ矢先のことでした。
みなさんは憶えていますか?工場の派遣切りが流行った当時。
これまで仕事が途切れなかったのに、2日に1回、1週間に1日だけと、まるで首をじわじわ絞めるように仕事が減っていきます。
派遣会社の事務所は仕事が無くなった労働者で溢れていました。
私も仕事が欲しくて呼ばれもしないのに毎朝派遣会社に顔をだしますが、数少ない仕事はやっぱり元気な若い人から決まっていくのです。
手元には一万円だけ。もう終わりや…
その頃から私は職安通い。
ですが、「49歳?今は若い人でも仕事がないのに、きびしいねぇ。それに資格もないんじゃどうしようもないよ」と冷たいもんです。
ポケットには最後に派遣会社からもらった10000円だけ。
たぶんこのままじゃ今月分の家賃も延滞続きの電気代も払えません。
どうしよう・・。完全に行き場を失いました。
実家は九州の佐賀県。80も近くなった両親が住んでいましたが、家出同然に家を出た私がいまさら帰るわけにもいきません。
それにもし帰ったところで両親は年金生活者。
わずかな支給で細々とくらしているのに、仕事も金もない50男が転がり込んだところで邪魔なだけです。
もう逃げる所はありませんでした。
正直、死のうと思いましたね。
まとめ
体験談を投稿してくれた方ですので生きてはいますが、今この方はどのような生活をされているのでしょうか?
気になるばかりです
派遣社員となると、一時的には仕事につけてそこそこのお金は稼げますが、何かあったときが怖いですね。
特にこの方は、リーマンショックあたりの一斉派遣切りで切られた方でしょう。
あの時は確かに、仕事のない派遣労働者が溢れていたと思います。
年越し派遣村とかも開設されましたしね。
私の友人も大手の工場に派遣労働者として勤めていましたが、当時派遣切りされていました。
はなんとかまた派遣先が見つかって働いているようですが
貴方もこのような悲惨な生活を送っているのであれば、余裕があるうちにお金を稼いで、貯金をしておいたほうがいいかもしれません
今は大企業でも業績不振で平然とリストラを行う時代ですし、何が起こるかわかりません
お金さえあれば生き残れますからね